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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)48号 判決

原告 丸重株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十年抗告審判第八四八号及び同第八四九号事件について、特許庁が昭和三十二年八月十五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十七年八月十四日別紙目録記載甲の商標について、第二十七類カタン糸その他本類に属する商品を指定商品として、その登録を出願し(昭和二十七年商標登録願第二〇、九二七号事件)、次いで同年十月七日同乙の商標について、これを甲の商標の連合商標として、同一の指定商品について、その登録を出願したところ(昭和二十七年商標登録願第二五、五〇〇号事件)審査官は登録を拒絶すべき理由を発見しなかつたので、出願公告をなすべき旨の決定をなし、前者については昭和二十八年六月三日第一〇〇八一号を以て、後者については同年五月二十八日第九五八七号を以て、それぞれ出願公告がなされた。しかるに訴外帝国製糸株式会社より登録異議の申立がなされたところ、審査官は右異議の申立を理由ありとして、昭和三十年三月二十二日両商標の出願ともにこれを拒絶すべき旨の査定をなした。原告は右査定に対し、昭和三十年四月二十五日抗告審判を請求したが(後者につき昭和三十年抗告審判第八四八号事件は、前者につき同第八四九号事件)、特許庁は、昭和三十二年八月十五日両抗告審判の請求とも成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十七日原告に送達された。

二、審決は、別紙目録記載の丙登録商標第三三一三四〇号(昭和十五年六月三日登録、指定商品第二十七類カタン糸)を引用し、これと本件出願にかゝる甲乙商標とを対比し、外観上甲乙両商標は丙登録商標の類似範囲を脱する差異がないとはいわないが、称呼上からみると、甲乙両商標の竜の額のところに現わされている「王」の漢字は極めて小さく、一見附飾的表示として一般には観取されるのが常職で、竜の頭顔部の図標が取引上甲乙両商標の要部をなすものと解せられるから、甲乙両商標は「リユウ」印(竜印)の称呼を生ずるものと判断すべく、また引用登録商標も、その竜の図形自体から「リユウ」印(竜印)の称呼を生ずる場合があり、この点甲乙商標は、丙登録商標と類似たるを免れないとし、商標法第二条第一項第九号の規定により、甲乙両商標の登録は拒絶すべきものとしている。

なお原告は、本件出願の甲乙商標は、それぞれ登録第二三七、八八二号及び第二三四五一六号商標の更新登録ができなくなつたので新規な登録の出願をしたものであり、引用の丙商標は、この元登録商標の存続中に別個の商標として登録されたものであるから、互に区別されるべきものであると主張したところ、審決は、上記引例の登録商標は元登録第二三七、八八二号商標と互に非類似商標であると認定された事例の存していないところであることは、当該関係書類に徴すれば明らかであるから、結局前述の拒絶理由を覆えすには足りないとしている。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  引用の登録第三三一三四〇号商標(丙商標)は、円形の中に竜全体が丸く納まり、竜の顔が斜に突き出してあり、単なる竜印に過ぎないものである。

これに反し本願商標は「RYUMARK」の大きな英字を、甲商標においては弧状に、乙商標においては直線状に、横書きしてなり、その上に両商標とも額に「王」の文字を顕著に現わした竜の首を配して構成されており、称呼、観念、外観共に、「リユウオーマーク」を自然とし、「リユウオーマーク」を出でて他になく、従つて単なる「リユウ」と「リユウオーマーク」とは何人といえども、誤認混淆を生ずることなく、十分よく識別し得べきものである。

(二)  商標の主体が奈辺に存するかは、一見して取引者が感知し得る点をみなければならないので、四角く商標が構成されているとみても二分の一以上あり、商標として現われた部分を見れば三分の二以上を占める「RYUMARK」なる文字は、最も観者の注意を引くところであり、この最も顕著にあらわした「リユウオーマーク」なる称呼を没却して、竜王を図形であらわした竜王の図を捕え、しかもこれを「竜」印の称呼を生ずるものであるとした認定は、実験則に反する。

(三) 審決は引用登録商標について、「GOLDEN」は、金色の色彩を表示したものであることは明らかであるから、この竜の図形自体から「リユウ」印(竜印)の称呼をも生ずるところであるといわなければならないとしているが、右登録商標は、カタン糸の駒貼に用いる商標であり、中央の図形の如きはよほどよく注意して見なければ、金色だけがよく見えてわかりにくい商標であり、英文字で外周に大きく表示した「GOLDEN DRAGON」が最も注意を引くように表示されていて、「ゴールデンドラゴン」として取引され、戦前には原告もその商標権者黄廷槐と取引関係上、「ゴールデンドラゴン」として取引されていたことは熟知するところで、戦前原告会社の代表者が経営した合名会社樋口九商店の「リユウオーマーク」と彼此相紛れることは、日本内地においても、台湾においても全然なかつた。かくの如く社会通念を没却して自己の判断のみにまかせた審決は実験則に反するものである。

(四)  原告は抗告審判において、「出願にかゝる甲商標は登録第二三七八八二号、乙商標は登録第二三四五一六号商標の更新登録ができなくなつたので」と主張しているのに、審決は、あたかも原告が乙商標についても、「登録第二三七八八二号商標の更新登録ができなくなつた」と主張したかのように記載し、甲乙両商標に関する審決において、「引用登録商標が元登録第二三七八八二号商標と互に非類似商標であると認定された事例の存していないことは、当該関係書類に徴すれば明らかである。」と判示している。

乙商標に関する審決において、この元登録第二三七八八二号とあるのは、元登録第二三四五一六号の誤記であるとは信ずるが、このような登録番号を誤記するが如き審決は欠陥の存する審決といわなければならない。

そしてまた審決(甲乙両商標の関係において、)にいう当該関係書類とは何を指すか明瞭でない。これが引用登録商標であるとすれば、該関係書類における意見書徴集及びその抗告審判において、元登録商標「リユウオーマーク」が引用されなかつたのは、引用商標「ゴールデンドラゴン」の出願に際し、最初から両者は非類似の商標であると認められていたからで、特に両者を比較して非類似であると認定する必要がなかつたからである。

そもそも商標の出願のあつた際、これが審査にあたり、先ず現存する既登録商標を調査して、類似の既登録が存するや否やを検討し、その他の事案も勘案し、既登録の商標と非類似の商標が公告され登録されるのは今更いうまでもないことである。しかしてこの審査を経た事実こそ、審決にいう元登録商標と、引用登録商標とが非似商標であること、引用登録商標の出願においても、抗告審判においても認定されたればこそ、非類似の商標として登録されたのであつて、この事実の認定を没却して、非類似商標であると認定された事例が存していないとした審決は、不当の審決といわなければならない。

(五)  本件出願にかゝる甲乙両商標と、引用の登録第三三一三四〇号とを比較するに、出願の両商標は、「RYUMARK」の文字が商標構成の大部分を占め、カタン糸のグロス入の大きな箱貼の商標として最も適するもので、「リユウオーマーク」を自然の称呼とし、「リユウオーマーク」を出でゝ他に称呼を有するものとはいい得ない。しかるに引用登録商標は、カタン糸の駒貼の商標であり、小さなものであるから、中央の金色の図形は顕微鏡的に見なければ、その何物なるかを一見して知り得る程度でなく、外周の「GOLDEN DRAGON」が顕著にあらわれ、その称呼は「ゴールデンドラゴン」を自然の称呼とし、「ゴールデンドラゴン」を出でゝ他に存しないものである。かくの如く称呼を異にするはもちろん、外観も類似せず、観念においても「竜王」と「金竜」とは、ともに異る観念を以て一般に使用されているものであるから、両者は非類似の商標といわなければならない。

「竜王」も「金竜」もともにわが国において普通に、ただの竜とは異つて使用される言葉であり、「竜王」は「竜の王様」を、「金竜」は「金色の竜」をあらわし、これを単に「竜」と呼ぶことはない。世人が最もよく知る浅草の「金竜館」を「竜館」へ行こうと略称する者は、三館共通時代の大正初期から今日にいたるまで、五十余年を経るも未だ存しないところである。

(六)  原告の代表取続役樋口九十郎が代表取締役であつた、訴外合名会社樋口九商店は、本件出願にかゝる甲乙両商標と同一の登録商標を、昭和七年以来使用して来たが、今次の大東亜戦争のため綿糸の製造の自由を奪われ、商標使用による自由競争は、戦時中できなくなつたので解散し、正直にその清算結了の登記までしたので、これが更新登録ができなかつた。そこでその承継人である原告は、やむなく二十一年を経過しないうちに本件出願をしたところ、旧登録後商標の登録に出願のあつた登録商標を引用して、登録を拒絶されたのであるが、かくては他人の登録商標の権利に抵触するということゝなり、本件出願商標は使用を禁止せられることとなり、昭和七年以来使用し、かつて国内において、樋口の「リユウオーマーク」と云えば、著名商標であつたものが、今日において使用できないとなると、既得権を奪われることゝなり、矛盾も甚だしい。

そして審決は、原告が抗告審判において主張した、本件商標は、原告の商品として永年にわたり使用した周知標章であるとの点については、一言半句も論及していない。審決はこの点においても取り消されるべきものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)  本件出願の甲、乙両商標及び引用にかゝる丙登録商標が、「リユウ」印(竜印)の称呼を同一にし、また称呼を同一にする商標は、その観念においても互に類似するものであるから、出願の両商標と引用の登録商標とが、世人をして誤認混淆を生ぜしめる虞があり、類似する商標であることは、審決に述べたとおりであつて、原告主張の(一)、(二)、(三)及び(五)はすべてその理由がない。

(二)  原告が(四)に主張する乙号商標に関する審決に、「元登録第二三七八八二号商標」とあるのは、「元登録第二三四五一六号商標」の誤記であるが、右は直ちに発見し得る極めて些細な誤記であつて、審決を取り消さなければならないほどの誤りではない。

また同審決における「関係書類」とは、一般的常識により考察されれば判然とする事項であつて、登録第二三七八八二号及び第二三四五一六号商標と引用にかゝる登録第三三一三四〇号商標との間においては、直接類否判断をした事例のないことをいうものである。また仮りに登録された二商標が併存したとしても、この登録が商標法第十六条の規定に違背する場合は、その登録が無効とされる場合のあることは明らかであるから、本件出願の商標と同一の商標が既存の登録として、引用登録商標と併存していた事実があつたとしても、この事実のみでは、両商標が非類似であるという根拠にはならない。

(三)  最後に本件出願商標は、原告の(六)において主張するように、従来から使用されたものではなく、かつこれを以て著名商標とはいい得ない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争のないところである。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第七号証の一、二とを総合すると、原告の出願にかゝる甲号商標は、別紙記載のように、「二本の枝のある大きく曲つた一対の角を持ち、額に『王」の文字を書いた竜の頭部」の図形と、その下に両端が上方に向つたゆるい弧状をなすように記載されている「RYUMARK」の文字によつて構成されており、乙号商標は、同じく「一本の枝のあるほゞ真直ぐな一対の角を持ち、額に『王』の文字を書いた竜の頭部」の図形と、その下に水平に記載されている「RYUMARK」の文字によつて構成されていることが認められ、また前記当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第五号証(乙第一号証)とを総合すると、審決が引用した登録第三三一三四〇号商標(昭和十五年六月三日登録)は、別紙記載のように、二重の円形輪廓を設け、内部輪廓の内側に、記載された「頭部を左にして丸く描かれている竜の全身」の図形と、両輪廓の間に円周に沿つて記載されている「GOLDEN DRAGON」の文字と付記的な記載とによつて構成され、地を白色、竜の図形を金色、その他の部分は濃青色に着色を限定したものであることが認められる。

三、よつて右認定するところに従い、原告の出願にかゝる本件甲乙商標と審決の引用にかゝる丙登録商標との類否について判断するに、これら商標の構成は前述のとおりであるから、その外観上互に類似するものでないことはいうをまたない。

しかしながら本件甲乙両商標とも、竜の額のところに「王」の文字が記載され、かつ「RYUMARK」の文字が記載されていることにより、一応「竜王」なるものを意味するものであることは理解されるが、「竜王」なるものも、特殊の竜ではなく、普通の竜のうちの王を指すものに外ならないから、これらの商標を付した指定商品ガス糸等を取り扱う商人、購入者等のうちには、もとよりこれを正しくその意味において理解し記憶する人々のあることは疑わないが、他面単にこれを「竜」の印を付した商品と理解し、記憶する人々の数も決して少なくないものと解せられる。

一方引用にかゝる丙登録商標は、これに記載された前記の図形及び文字並びにその着色から、「金色の竜」を意味するものであることはいうまでもないが、「金色の竜」なるものも、ひつきようは普通の竜に過ぎず、この商標を付した商品カタン糸を購入する人々の更に多くが、これを単に「竜」印のカタン糸として理解し、記憶するものといわなければならない。

してみれば原告の出願にかゝる甲乙両商標と引用の丙登録商標とは、いずれも「竜」印なる観念を共通にして、彼此混同を生ずる虞あり、この点において類似せる商標と解するを相当とする。

四、原告代理人は、引用にかゝる登録第三三一三四〇号商標(昭和十四年一月九日出願、昭和十五年六月三日登録)は、もと原告の本件出願にかゝる甲乙両商標と全く同一である登録第二三七八八二号商標(昭和七年十一月五日登録)、同第二三四五一六号商標(昭和七年五月十三日登録)の存在するにかゝわらず、同一指定商品について登録されているものであつて、この事実によつても、本件出願の甲乙両商標と引用の丙商標とは類似するものではなく、かつこれら商標は並存しても何等彼此相紛れるところはなかつたと主張するが、商標の類否の判断の如きは、時勢の推移に伴い、指定商品の取引の実情に即応して考察せらるべきものであるから、かつて本件甲乙両商標と同一の登録商標が存在するにかゝわらず、本件引用の丙登録商標の登録がなされたとの事実は、今日においても、なおこれら商標の非類似を必然ならしめるものではなく、いわんや審査手続、殊に登録異議の申出なくして登録のなされる場合の実情に鑑みれば、ある商標の登録が、常にこれに先立つて存在する登録商標との非類似を確立するものといい得ないことは多くいうを待たない。(本件においても、審査官は当初本件甲乙両商標について登録を拒絶すべき理由を発見せずとして、出願公告をしたことは、当事者間に争のないところである。)またたとい先にこれら商標登録が並存したとしても、これによつて前記認定にかゝる彼此混同を生ずる虞を否定し去ることができるものでない。

してみれば、引用登録商標の指定商品を包含する商品を指定商品とする本件甲乙両商標の登録は、商標法第二条第一項第九号の規定により拒絶すべきものというべく、これと同趣旨に出でた審決は適法のものといわなければならない。

五、原告代理人は、審決における誤記を指摘し、また本件甲乙両商標と同一な登録商標が存在するのにかゝわらず、同一の指定商品について引用の丙商標が登録されたことに対する審決の判断を不明瞭であり、かつ不当であると非難しているが(その主張三の(四))、原告の指摘する審決の「元登録第二三七八八二号商標」の記載が、「元登録第二三四五一六号商標」の明白な誤記に過ぎないことは明らかであり、また審決の所論の判断は、当裁判所も必ずしもこれを適切なものとするものではないが、すでにある商標の登録が、これとそれ以前のすべての既登録商標との非類似を確立するものでないこと、前項において明らかにしたとおりである以上、これらの審決における瑕疵も、未だ審決を違法ならしめるものではない。

なお原告代理人は、引用にかゝる登録商標はカタン糸の駒貼に用いる商標で、中央の図形の如きは、よほどよく注意してみなければわかりにくい商標であると主張するが(その主張三の(五))、たまたま登録願に添付された商標見本が、特定の用途に使用された小さなものであつても、商標権者は、見本に表示された構成を有する商標自体を、任意の大きさにおいて指定の商品について、使用する権利を専有するにいたるものであるから、本件の場合右商標見本の大きさ自体は、これを問題とすることができない。

最後に原告代理人は、本件甲乙商標は、昭和七年以来原告の前主合名会社樋口九商店及び原告により使用された顕著なものであつて、引用登録商標によつて使用を禁止せられることゝなると既得権を奪われることゝなると主張するが(その主張三の(六))、出願にかゝる商標がすでに著名であることは、これと同一または類似の商標が、同一または類似の商品を指定商品として登録された場合、商標法第二条第一項第八号の違背を理由としてその登録を無効ならしめ、或いは、その登録にもかゝわらず同法第九条により、これが使用を継続せしめることはできるであろうが、右登録商標を引用してなす登録拒絶の処分に対しては、これを以て不服の事由とはなし得ないものと解するから、右の主張もその理由がない。

六、以上の理由により、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

出願商標(甲)〈省略〉

出願商標(乙)〈省略〉

登録商標(丙)〈省略〉

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